大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所半田支部 昭和33年(ワ)31号 判決 1961年8月23日

原告 国

国代理人 林倫正 外三名

被告 半田開拓農業協同組合 外十名

主文

一、被告半田開拓農業協同組合(以下単に被告組合という)同石川長太郎、同竹内一正、同石川輝義、同石川爾郎、同石川利夫、同石川くには連帯して原告に対し金三九三、六四六円及び内金七七、六一四円に対する昭和二七年一一月一六日から、内金四九三、五二七円に対する同二九年八月二一日からそれぞれ支払ずみまで年三分六厘五毛の割合による金員を支払わなければならない。

二、被告松野巖、同松野知恵子、同田中美恵子、同関知津子は原告に対し被告組合と連帯して前項の金員の内金一四八、四一二円宛及び内金一九、四〇四円に対する昭和二七年一一月一六日から内金一二三、三八二円に対する同二九年八月二一日からそれぞれ支払ずみまで年三分六厘五毛の割合による金員を支払わなければならない。

三、訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告は主文同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、其の請求の原因として

一、原告国(所管庁、農林省)は、開拓者資金融通法(以下単に法と称する)にもとづき、被告組合に対し、営農資金として左記の通り計金六一三、五三一円を貸付けた。

<表 省略>

二(1)  被告組合は、右貸付金の大部分を組合員に貸与せず、当時の組合長であつた被告石川長太郎が檀にこれを訴外半田開拓農産加工農業協同組合(組合長石川長太郎)(以下訴外加工組合等と略称する)の設備資金等に流用し、第一回の年賦償還期限を経過するもこれが償還を履行しない。

(2)  被告組合は右Dの貸付金の内金三七、六一三円五〇銭及Iの貸付金の内金四〇、〇〇〇円合計金七七、六一三円五〇銭を組合員である訴外松野文治に貸付けた。

(3)  その後、訴外松野文治は離農したので、原告は法第二条第一項第四号にもとづき被告組合に対し昭和二七年一〇月一三日右松野文治への転貸分七七、六一四円(端数計算法により五〇銭を四捨五入する)につき一時償還を請求し、同年一一月一五日までに右金員を支払うように納入の告知をしたが、被告組合はこれを支払わない。

(4)  更にCの貸付金の内金四二、三九〇円は原告に納入済であるから、訴外松野文治への転貸分を控除するときは、A乃至Kの全貸付金の未償還元金は合計金四九三、五二七円である。

三、そこで、原告は被告組合に対し昭和二九年七月二〇日法第二条第一項第二号にもとづき右未償還元金四九三、五二七円及び之に対する昭和二九年六月末日までの法定利子合計金二二、五〇五円(施行規則第七条参照)以上合計金一三六、〇三二円につき一時償還を請求し、同年八月二〇日までに右金員を支払うように納入の告知をしたが、被告組合はこれを支払わない。

四(1)  被告石川長太郎、同竹内一正、同石川輝義、同石川爾郎、同石川和夫、同石川くに、訴外松野文治は昭和二四年五月二〇日付契約で前記被告組合の借入金につき連帯保証をしている。

(2)  而して、訴外松野文治は昭和三一年四月二四日死亡し、その相続人である被告松野巖、同松野知恵子、同田中美恵子、同関知津子が直系卑属として右被相続人の保証債務を均分相続したものである。

五、よつて原告に対し

(1)  被告組合、同石川長太郎、同竹内一正、同石川輝義、同石川爾郎、同石川和夫、同石川くには連帯して金七七、六一四円及び之に対する昭和二七年一一月一六日から支払ずみまで同三分六厘五毛の割合による遅延損害金。

(2)  被告松野巌、同松野知恵子、同田中美恵子、同関知津子は被告組合と連帯して、(1) の金員の内各金一九、四〇四円宛及び之に対する昭和二七年一一月一六日から支払ずみまで年三分六厘五毛の割合による遅延損害金。

(3)  被告組合、同石川長太郎、同竹内一正、同石川輝義、同石川爾郎、同石川和夫、同石川くには連帯して金五一六、〇三二円及び内金四九三、五二七円及び之に対する昭和二九年八月二一日から支払ずみまで年三分六厘五毛の割合による遅延損害金。

(4)  被告松野巌、同松野知恵子、同田中美恵子、同関知津子は被告組合と連帯して(3) の金員の内各金一二九、〇〇八円宛及び内金一二三、三八二円に対する昭和二九年八月二一日から支払ずみまで年三分六厘五毛の割合による遅延損害金。

の各支払を求める

と述べ、なお、被告等(被告組合を除く)の主張に対し

六、開拓者資金融通法に基く営農資金貸付については同法施行規則第三条第一項に定めるところに従つて、借入申込書を農林大臣に提出するのであるが、県知事は、右借入申込者の実態を把握して貸付先の選考を行い、その結果を農林大臣に進達し、農林大臣においては右知事より進達した借入申込書に基いて、貸付先の選定を行つて、貸付先を決定し、一方知事は貸付の決定した者から借用証を徴して之を農林大臣に進達するのである。

而して、組合が営農資金を借り受けた時は、国から貸付を受けたと同一条件で、組合員別貸付計画に従つて、その資金をその組合員に貸付け(以下転貸という)しなければならないが、組合が借受けた営農資金の償還については、原告に対して組合から「転貸」を受ける組合員全員の連帯保証を個人の資格でなさしめた償還義務保証書を、又組合員に「転貸」するときは、その債権を確保するために、当該組合に対して開拓者二人以上の連帯保証(開拓者に適当な者がいない時は、他の適当な保証人二人以上)をなさしめた借用証書をそれぞれ提出せしめ、同時に該組合においてはその組合員に「転貸」したる旨の報告書(転貸を受けたる組合員別金額、氏名を記載し各自捺印をする)を原告に提出せしめるのである。

七、原告は、被告組合に対し、(一)に記載の通り(甲第一号証の一乃至一一)それぞれ法第一条第一号に基いて、貸付をなしたが、貸付をなすに当り被告組合より(一)記載の如き同法施行規則第三条第一項に定めるところに従つて、借入申込書の提出があつたので貸付を決定し借用証書(甲第一号証の一乃至一一)を提出させて、営農資金を貸付けたところ、(一)記載の如き組合から転貸を受けた組合全員の個人の資格でなした連帯保証、即ち償還義務保証書(甲第三号証)の提出がないので、昭和二五年五月二五日原告において、融資状況調査を行つたところ、被告組合は組合員に貸与せず、これを訴外半田開拓農産加工農業協同組合の設備資金に流用したことが判明した。

八、そこで原告においては、法の目的に副わしめるため種々措置を講じて来たが、組合員に貸与されるに至らなかつたので被告等主張の如く、昭和二六年九月一八日愛知県農地部農地開拓課技師水谷清秀は、被告組合に貸付けた営農資金を速に、各組合員に貸与せしめる意図の下に、被告石川長太郎方に赴き、その旨慫慂をなした結果、被告石川長太郎、同竹内一正、同石川輝義、同石川爾部、同石川和夫、同石川くに、及亡松野文治よりその数日後に甲第三号証の償還義務保証書が提出されたものであつて、被告主張の如き各抗弁事実は毫も存しない。

被告組合の行為は法第二条第一項第三号に該当し、原告において貸付けた営農資金の一時償還の請求を為し得たが、斯くては開拓者育成の目的を達し得ないこととなるので、飽くまでも法の趣旨に沿つて営農資金を組合員に適正に転貸し、且つ転貸したる上、前記に定めるところに従つて償還義務保証書の提出をすべきよう指導したまでのことである。

と陳述し、

立証<省略>

被告半田開拓農業協同組合(以下単に被告組合と称する)並に被告石川長太郎以下一〇名訴訟代理人は何れも原告の請求棄却の判決を求め、

(A)  被告組合は答弁として

(一)  被告組合の運営並に経理状況の調査が行われた昭和二五年五月二五日までは昭和二三年度の組合長石川長太郎を除き被告組合の組合員は本件開拓者営農資金については何も知らなかつた。

当時愛知県庁開拓課の水谷、小島両技師が被告組合の会計調査の為め現地に来た際昭和三三年度の本件開拓資金が被告組合にも融資されていることを聞き初めて之を知つたのであるが、その頃にはまだ開拓者資金融通法所定の組合員個人への転貸は出来ていなかつた。

融資金は当時組合長であつた被告石川長太郎が自己の責任で訴外半田開拓農産加工農業協同組合の設備資金に流用したものであり、被告組合と訴外加工組合とはその構成組合員も異り全く別の組合であるから、被告組合としては本件開拓資金を償還する義務を負うものではなく、転借人又は償還義務保証書に記名捺印した被告石川長太郎等において之を償還すべきものである。

なお本件開拓資金の金額も被告組合としては知らない。

(二)  其の余の請求原因事実は、被告組合としては組合長も当時とは変つており、従つて清算人としては調査ができないので不知をもつて答えるの外はない。

(B)  被告石川長太郎訴訟代理人は答弁として

(一)  請求原因(一)は認める。

(二)  請求原因(二)の中「被告石川長太郎が檀に流用し」とある点は否認するが、その余の事実は認める。

(三)  請求原因(三)は不知

(四)  請求原因(四)(五)の中、訴外松野文治死亡の事実及びその相続関係は認めるがその余は否認

(C)  被告竹内一正以下の各被告訴訟代理人は答弁として

(一)  請求原因(一)は不知

(二)  請求原因(二)の中「右貸付金の大部分を組合員に貸与せず」との点、「訴外松野文治は離農した」との点、及び「貸付金中金四二、三九〇円は納入済である」との点は、いずれも之を認めるが、その余は之を争う

(三)  請求原因日は不知

(四)  請求原因(四)(五)の中、訴外松野文治が昭和三一年四月二四日死亡したこと、及び被告松野巖、同松野知恵子、同田中美恵子、同関知津子が其の相続人であることは認めるが、その余の点は否認する

と述べ、なお

被告組合を除く各被告は

(一)  本件の開拓者融通資金に関しては原告国の機関である農林省が愛知県に対してその権限を委託し愛知県開拓課に於て其の融資並に償還等の事務一切を取扱つて居たものである。

(二)  被告等の内被告石川輝義は、被告組合より家畜融通資金として金四二、三九〇円を借受けたが被告石川長太郎、同竹内一正、同石川爾郎、同石川和夫、同石川くに及び亡松野文治はいずれも被告組合から本件開拓融通資金を借受けたことはなく、被告石川輝義も右借受金以外には借受けたことはない。

而して、被告石川輝義はその後前記借受金四二、三九〇円を償還したことは原告の認めるところである。

従つて被告組合を除く被告等一〇名はいずれも本件開拓融通資金に関しては何等の債務も負担していないのである。

(三)  ところが、昭和二六年九月一八日、愛知県開拓課技師水谷清秀は半田市吏員市野喜一を同伴して被告石川長太郎方に来訪し、右両名が勝手に作成した昭和二三年度融資個人別調書(乙第一号証)を被告石川長太郎、町石川爾郎、同竹内一正、同石川輝義及び亡松野文治等に示して、同被告等に対し『行政処理上、形式的に乙第一号証に符合するような借用証書を日附を遡及して昭和二四年四月一日附で被告組合(組合長石川長太郎)宛に書いて貰いたい』と要請したので、右被告等及び亡松野文治(以下右被告等と略称する)は単に形式的のものと信じていずれも真意でない虚偽の借用証書二二通(乙第二号証の一乃至七乙第三号証の一乃至五、乙第四号証の一乃至四、乙第五号証の一乃至四、乙第六号証の一、二)(これは農林大臣宛の用紙を使用し被告組合宛に訂正したもの)に右被告等をして債務者又は保証人として捺印させたものであつて、右借用証書は全く真実のものではない。

又償還義務保証書(甲第三号証)も亦昭和二六年九月一八日右水谷技師の要請で、前同様、被告等は単なる形式的のものとしていずれも真意に非ざるでない意思を表示したものであつて甲第三号証の日附は昭和二四年五月二〇日となつているか之も水谷技師の要求で特に日附を遡して記載したものでありなお同証には被告組合代表者石川長太郎と記載されているが、被告石川長太郎は既に昭和二五年三月三一日に組合長を辞任し、右保証書作成当時に於ては該組合の代表者でもなく、又理事でもなかつたのである。

右の如く前記借用証書(乙第二乃至第六号証)及び償還義務保証書(甲第三号証)はいずれも、被告等が原告の代理権限を有する愛知県開拓課技師水谷清秀と通じてなした虚偽の意思表示であるから民法第九四条第一項により無効である。

(四)  仮りに右主張が理由がないとしても右借用証書(乙第二乃至第六号証)及び償還義務保証書(甲第三号証)は被告等が真意でないことを知つて之を為した意思表示であつて而かも相手方に於て表意者たる被告等の真意を知つて居る場合に該当するから所謂心裡留保として民法第九三条但書により無効である。

(五)  又仮りに前項の主張も亦理由がないとしても、前述の如く右水谷清秀等が、昭和二六年九月一八日当時右被告等に対し甲第三号証等に捺印させるに際り、『之は行政処理上必要で単なる形式的のものに過ぎないのであつて、金銭上の責任を負わせない』と称して、右被告等を欺罔して捺印させたものであり、乙第二号乃至第六号証、甲第三号証等の証書は詐欺に因る意思表示であるから被告等は本訴において之が取消の意思表示をする。

よつて被告等の本件債務に関する保証責任は茲に消滅した。

(六)  なお右抗弁も亦理由がないとしても、被告石川長太郎は昭和二五年一一月二六日頃被告組合理事市野杉太郎、沢田右馬一、竹内吉岩等から業務上横領の告訴をされて昭和二六年八月三〇日頃検察官の取調が開始せられ、検察官から和解するよう注意されたので、右告訴人等と和解の交渉を為したが、容易に和解成立の見込もなく、被告石川長太郎はもとよりその妻石川くに(被告)、長男石川和夫(被告)、二男石川爾郎(被告)等は、いずれも甚だしく恐怖観念におそわれ、日夜、告訴事件の成り行きを苦慮していた折柄、その告訴事件の内容を知悉する右水谷清秀から前記各借用証書や償還義務保証書の提出方を強要されたので、何等か右告訴事件に関連があるのではないかと直感し、事実と著しく相違する書類で極めて不合理ではあるが一方検察官に於て告訴事件の取調もあり家族一同恐怖を感じていた際であつたから不本意乍ら之に応じて捺印せざるを得なかつたのである。この点において右各証書は強迫による意思表示と謂わなければならない。よつて被告石川長太郎、同石川くに、同石川和夫、同石川爾郎はいずれも本訴において強迫による意思表示として之が取消の意思を表示する。よつて右被告等の本件債務に依する保証責任は茲に消滅したものである。

(七)  以上の次第であるから、被告等に対する原告の本訴請求は失一当である。

と陳述し、

被告組合は甲第五号証は不知と述べ、爾余の甲号各証についてはその認否をなさず、

被告等一〇名(被告組合を除く)は乙第一号証、第二号証の一乃至七、第三号証の一乃至五、第四、五号証の各一乃至四、第六号証の一、二第七号証の一、二、三を提出し、証人市野喜一、同水谷清秀、同森下武成及び被告本人石川長太郎、同竹内一正、同石川輝義、同石川爾郎の各尋問を求め、証人古橋均の証人尋問の結果を援用し、甲第二号証の一、二は不知、爾余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

本件弁論の全趣旨に徴し当裁判所が真正に成立したと認める甲号各証と証人水谷清秀、同市野喜一、同森下武成の各証言、被告各本人尋問の結果並に本件弁論の全趣旨を綜合すれば

(1)  原告国(所管庁農林省)は開拓者資金融通法(以下単に法という)に基いて被告組合に対し昭和二三年度分営農資金として請求原因事実(一)の一覧表記載の通り合計金六一三、五三円を貸付けたこと

(2)  被告組合は右貸付金の大部分を組合員に貸与(転貸)せず、当時の組合長であつた被告石川長太郎が擅にこれを訴外半田開拓農産加工農業協同組合(組合長は石川長太郎)の設備資金等に流用し、第一回の年賦償還期限を経過するもこれが償還を履行しないこと

(3)  被告組合は請求原因(一)の一覧中Dの貸付金の内金三七、六一三円五〇銭及びIの貸付金の内金四〇、〇〇〇円合計金七七、六一三円五〇銭(但し端数整理法により五〇銭を四捨五入し金七七、六一四となる)を組合員である亡松野文治に貸付けたこと

(4)  その後右松野文治は離農したので、原告は法第二条第一項第四号にもとづき、被告組合に対し昭和二七年一〇月一三日右松野文治への転貸分金七七、六一四円につき一時償還を請求し、同年一一月一五日までに右金員を支払うように納入の告知をしたが被告組合は之を支払わないこと

(5)  右一覧表中Cの貸金の内金四二、三九〇円は原告に納入済であるから、右松野文治への転貸分を控除するときは右一覧表中A乃至Kの金貸付金の未償還元金は合計金四九三、五二七円であること

(6)  原告は被告組合に対し昭和二九年七月二〇日法第二条第一項第二号にもとづき右未償還元金四九三、五二七円及び之に対する昭和二九年六月末日までの法定利子合計金二二、五〇五円(施行規則第七条)以上合計金五一六、〇三二円につき一時償還を請求し同年八月二〇日までに右金員を支払うように納入の告知をしたが被告組合はこれを支払わないこと

(7)  被告石川長太郎、同竹内一正、同石川輝義、同石川爾郎、同石川和夫、同石川くに、亡松野文治は昭和二四年五月二〇日附の償還義務保証書(甲第三号証)にもとづき前記被告組台の借入金償還につき連帯保証をしたこと

(8)  右松野文治は昭和三一年四月二四日死亡し、その相続人である被告松野巖、同松野知恵子、同田中美恵子、同関知津子がその直系卑属として右松野文治の保証債務を均分相続したことを認めることができる。

右認定に反する被告石川長太郎、同竹内一正、同石川輝義、同石川爾郎の各本人尋問の結果は輙く措信し難く、その他被告等の全立証によるも右認定を左右することはできない。

被告組合を除くその他の各被告は原告主張の貸付残金については被告組合から全然法に基く転借をしていないのに愛知県農地部農地開拓課技師水谷清秀の要請によつて、単に行政事務処理の必要上形式的のものとして虚偽の借用証書(乙第二号証の一乃至七以下乙第六号証の一、二)を被告組合宛に差入れたものであつて甲第三号証も亦同様趣旨により作成せられたものである従つて被告等が差入れた甲第三号証による償還義務保証契約は被告等が原告の代理権限を有する右水谷技師と通じてなした虚偽の意思表示であるから民法第九四条第一項により無効である所謂心裡留保として同法第九三条但書により無効である。と主張するにより審究するに

当時の被告組合の組合長石川長太郎は自己が同じく組合長であつた訴外半田開拓農産加工農業協同組合の設備資金として本件開拓営農資金の大部分を流用し、法に定められた組合員に対する転貸をしなかつたことは原告においても認めるところであるが、被告本人石川長太郎等の供述並に本件弁論の全趣旨によれば被告等農地開拓に従事する者としては農耕のみでは生活が困難であるところから、主として被告組合の組合長たる石川長太郎の発意により右訴外加工組合を設立して搾油等の農産加工の経営に乗り出したところ、資金不足に悩み、県当局や被告等組合員の少くとも暗黙の諒解の下に被告組合が国から借入れた本件営農資金を右訴外加工組合の設備資金に投じ、将来訴外加工組合の加工工場の稼動により得らるべき収益により之を返済するつもりであつたが、何分にも右石川長太郎自身においても搾油に関する技術、経験がなかつたためとその企画の時機を失したために訴外加工組合の事業は完全に挫折し、何等収益を挙げ得なかつたのみならず投下資本の回収も不能に陥つたために、本件営農資金の支払も亦不能に陥つた。そこで今まで黙認の形で転貸並に償還義務保証等の手続を怠つていた県当局は事の意外に狼狽して何とか自己の責任を糊塗せんとして昭和二六年九月一八日に至つて被告組合の組合員たる被告等に対し、甲第三号証等必要書類に調印を求めるに至つたものであるが、被告等が之の県当局の要請に応じ甲第三号証等の関係書類に調印するに至つたことに関する被告等の所謂通謀虚偽表示又は心裡留保の抗弁は以下説示の理由によつて之を採用することができない。成るほど県当局としてはその職責上の不始末をおそれて当時多少の甘言をもつて調印を懇請したことは有り得べきことと考えられるが他面被告等としても元来右訴外加工組合が設立せられ、本件営農資金がその設備資金に投入せられていたことを全く知らなかつたとは認め難く、当時としては訴外加工組合の設立によつて本件借入金は勿論訴外加工組合より返済されることと確信し、且つ将来被告組合員等においても農産加工に進出する期待をかけていたが、(被告等のうちには右訴外加工組合の組合員であつたものもある。)事志と違い前述の如く訴外加工組合の事業は全く失敗に帰したのであるけれども本件営農資金が被告等に現実に転貸されなかつたとしても、当時としては被告等も暗黙のうちに了解していたとも認められるのであり又被告等は農地開拓に関し従来並に将来とも県当局の世話になつている関係上県当局からの右要請を強く拒否することはできなかつた実情があつたのでやむなく之に応じて甲第三号証の保証書等に調印するに至つたものであり之をもつて直ちに所謂通謀虚偽表示又は心裡留保と断定することはできない。

なお被告等は甲第三号証の作成をもつて、詐欺若しくは強追による意思表示であるとして本訴において之が取消の意思を表示する旨主張するが、之等の主張も亦採用することができないことは右説示の理由により明かである。

被告石川長太郎、同竹内一正、同石川輝義、同石川爾郎等の本人尋問の結果によると、被告等は本件営農資金の転貸を受けない以上之が償還について連帯保証をする筈がない。之に虚偽の意思表示であるか少くとも詐欺、又は強迫による意思表示であるという趣旨の供述をしているが、之等の供述は叙上認定の事情に徴し輙く措信し難いのみならず、

<1>  被告石川長太郎は『甲第三号証作成の折、水谷は之れは形式的に作る趣旨のことは言わなかつた云々』(第二回調書)といい

<2>  被告竹内一正は『私は個人として借りられぬと聞いたので当初捺印を拒んだのです。しかしいろいろ説明を受け将来便宜を計つてくれるであろうし、悪い様には取計らわぬであろうと考え又山(註本件開拓地のこと)に住めるという安心感から捺印に同意したのであつて水谷が将来便宜を与えるという旨を申したのではありません、私は水谷の言葉を聞いていて、右の様に考えたのです。』『水谷は将来借りられるということは申しませんでした。私が将来の融資には便宜を計つてくれるであろうと自分勝手に考えたのです、先程水谷に欺された恰好になつたと申しましたのは、水谷としては将来の融資を確約したのではないが、当時私は捺印せぬつもりで石川宅に行つたのに結局捺印させられて帰つたから左様に申したのです』(第一回調書)『水谷等の言う事をきかないととても(注開拓が)やれない、県の(注開拓の)予定を強いられ不利益をこうむる事になりますそのために同人等の言う通りになつたのです。』『各自の印は各々手わけして自分で押印しました』『いろいろな書類に押印する時、どんな責任を負う事になるか判つているが言々』(第二回調書)といい

<3>  被告石川爾部は「押印せんで相談し、押印した場合の責任も話合つたが、それを断ると県が困ると思つて結局押印したのです』『押印するについては自分等は不利になるが農業をやつて行くについて県にたてついてはいかんと言う事でした。』『私は---借用証書に印を押す事は心配でした』『私は半田農産加工組合の組合員ですが云々』等と供述しているのであつて、被告本人自ら之等の事実を認めている点に特に注目しなければならない。之等被告人の供述は結局において叙上の認定を裏書する以外の何ものでもないといつても過言ではあるまい。

併しながら翻つて被告等の立場に立つて本件をみるに成る程被告等としては、訴外開拓農産加工組合が事実上つぶれてしまい同組合が全く本件金員返済の見込がないのに、全組合に流用されて仕舞つた後において泣く泣く甲第三号証等の書類に捺印させられた上、本訴を以てその保証責任を追及されることは心外であり、やりきれない気持になることは察するに余りがあり、当裁判所としても和解によつて本件の解決を図るよう期待したのであるが、原告側において会計法規上、一定限度以上の譲歩ができないというので不調に終つたことは極めて遺憾といわねばならない。

以上の次第であつて事情においては忍びざる点はあつても、厳正なる法適用の観点に立脚するときは被告の抗弁はすべて理由なきものとして排斥する外はないのである。

従つて、

(1)  被告組合同石川長太郎、同竹内一正、同石川輝義、同石川爾郎、同石川和夫、同石川くには連帯して原告に対し金五九三、六四六円及び内金七七、六一四円に対する昭和二七年一一月一六日から内金四九三、五二七円に対する同二九年八月二一日からそれぞれ支払ずみまで年三分六厘五毛(法施行規則第七条参照)の割合による遅延損害金を、

(2)  被告松野巌、同松野知恵子、同田中美恵子、同関知津子は原告に対し被告組合と連帯して前項の金員の内金一四八、四一二円宛及び内金一九、四〇四円に対する昭和二七年一一月一六日から、内金一二三、三八二円に対する同二九年八月二一日からそれぞれ支払ずみまで年三分六厘五毛の割合による遅延損害金を

各支払う義務があるものと謂わなければならない。

以上の理由によつて原告の本訴請求を相当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用し、原告申立に係る仮執行の宣言については本件においては相当でないと認めその宣言をしないこととし、主文のように判決する。

(裁判官 織田尚生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例